![]() ■2025/04/13 『隅の春』 花が咲き散りゆくのを視界の隅に感じながら何度も同じ道を行き来する。春が来た。久しぶりに引っ越しをすることになった。道々は日々その姿を変え、ありとあらゆるものが目覚める。運転に疲れて河辺の道に小休止を取る時、足元に広がるヒメオドリコソウと、対岸で波になりさざめく菜の花が春の陽ざしを受けて揺れていて、僕は、手に持ったコンビニ珈琲を飲むことも忘れて春の中に溺れる。ここには何もない。冬の厳しさも、煩わしい世事も、僕自身も。新居と旧居を繰り返し行き来しながら、終わりが見えない作業に気が遠のきながら、僕は春の陽ざしの中をまた進む。 転居とは不思議なものだ。何かしらの都合で行われるそれに、僕はその時々において、必要以上に期待したり失望したりしながら住むところを変えているように思う。転居とは去ることだ。去ることは僕にとって何かを捨てる事でもあるようだ。それほど思い入れもなかったはずの土地の、数年住んだに過ぎない家を去る時、カーテンを閉め施錠して玄関を出る時、なぜだろう、自分の魂の一部をそこに引きちぎって置き去っていくように感じる。後引くそれが自分の後方でさらさらざらざらと掠れ消えて行くように感じる。掠れ消えて、二度とは戻らない様な。そんな風に感じる。 春が始まりやがて終わっていくのを視界の隅に感じながら何度も同じ道を行き来する。引きちぎられ後方に置き去りにされた魂が、静かに悲しく消えて行くような気持ちになり、何度かバックミラーを見やる。小さな鏡の中でよく知った道がどんどん小さくなりやがて過ぎて行く。春が来た。また春が。咲いては散っていく桜の花弁がフロントガラスに降りかかる。降りかかったままにして僕は新しい家まで車を走らせる。少し寒い。上着の前を首元でぎゅっと合わせる。口を引き結んで。言うべき言葉をどうにも見いだせないまま。引きちぎられ後方に置き去りにされた何かのあげるか細い声を、聞こえないふりしたまま。痩せ細り続ける魂を、どうしようもなく震える手で掻き抱いたまま。 |
Coda©2007 Akira Goto.
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