![]() ■2024/11/25 『枯野をかけめぐる』 冬の到来を待たずして僕たちの大切な車は行ってしまった。15年、18万キロ弱も乗った僕たちの小さな優しい名も無い軽自動車は、二度目のブレーキ固着を経てとうとうディーラーからのストップがかかり、お別れをすることになってしまった。エンジンも大分限界だったそうだ。 色々な所へ一緒に出かけたね。もう一度君と一緒に北海道の広大な大地を道に迷いながらいつまでも走りたかった。青森の海辺を寺山修司や太宰治のことを考えながら走りたかった。佐渡島の人気のないキャンプ場で呆然と星空を一晩中眺めたかった。日本海の海岸線を夕焼けに焼かれながら気が遠くなるほど北上したかった。湯河原の温泉地で柑橘の香りのする山道をあちらこちらと辿りたかった。君のライトが照らしてくれる手前の道以外は何も見えないような県境越えの深夜の山道をおそるおそる走りたかった。あの食堂、あの店、あの道。あの時間をもっともっと君と過ごしたかった。 いつか行けるだろうと漠然と考えたまま、結局君と一緒に行けなかった場所が沢山ある。それはもう頼りない夢のおはなしになってしまった。僕たちを乗せてどこまでも走ってくれた君は今、どんな声も無く、身震いすらせずに、ディーラーの片隅で静かに一人座している。 おやすみ、僕たちの小さな優しい車よ。おやすみなさい。僕たちに付き合ってどこまでもいつまでも走ってくれた君よ。とうとう本当に自由になった君よ。秋も終わりそうな、なんだか悲しい気持ちになるほどくっきりしたあかるい空の下で眠りに付こうとしている君よ。暖かく透明な夢の中で枯野を気ままに走ってほしい。おやすみ。いつかまた会えたなら、秋の終わろうとしている軽やかで乾いた午後の、明るい斜めの光の中を一緒にどこまでも走ろう。有為の奥山を越えて、夢の果てるその先まで。おやすみ。ありがとう。おやすみなさい。 |
Coda©2007 Akira Goto.
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