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■2018/08/05 『道が見えなくなって』
 ふと気が付けば道はどこにも見当たらず、唯々空間は茫漠としていて、無様に狼狽え、声をあげてみたり、見えるはずもない彼方を探してきょろきょろ見回してみたり、とうとう座り込んでしまう。それはただの現実逃避だ。ひたすら時が過ぎた後で、ようやくうなだれていた頭を上げると、実は道なんてものは初めから無く、本来広がり窮まるところのない場所を、自身の狭量がいたずらに狭め卑しめていたのだということにようやく思い当たる。思い当たり立ち上がろうとして、知らず萎えた手足と、年老いた醜い自己を知る。やがて夜が来る。やがて終わりが来る。霞む目はもはや世界を正しく認識しない。道は暗く足元は淡く。力なく伸ばした手はどこにも触れえず。あべこべに世界の広さに恐怖するのだ。その可能性の無限性と夢幻性に恐れ戦くのだ。そしてやっと気づく。自分を含めたすべてに等しく価値がないことを。価値がないということが本当の意味で平等で平坦で、なにものかになにかしらに価値があると口角泡飛ばし目血走る有象無象の記憶が、遠く霞のようなものになり果てていることを。

 夜は暗かった。黒。朝は赤かった。昼日中は目がくらみ、夕暮れは多層に重ねられたセロファン。道の端でクラムボンが笑っている。川底を満たす遠景のように揺れる瞬きのような光と影の中で、道を見失ったことさえ忘れ、流れを追いかける。輝く水面。遠い水面。浮かぶ果実の甘さを控え目に期待して、胸をときめかせて日を待ったんだ。いつかくるかもしれない成熟の日を。道がない場所で一人で。時々流れに抗いながら、萎えた手足を撫ですさって、光のようなものを待ったんだ。風が背中から吹いて、どこか遠くまで行ける日をひたすらに待つ。クラムボンが笑っている。森羅に意味は見いだせず、意味のないことの意味を大切に抱えて、僕たちは道の途中に座り込み、喪われていく。

 道は見えなくなった。元よりそんなものはなかった。この窮まりない場所で、窮まりながら、転げまわりながら、まだ僕たちは生きている。
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