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■2018/05/12 『翳ろう空』
 こんなにも失われたものについて。僕たちが懐かしく思い出すとき。想い出は色褪せ、ひばりは飛び立つ。眩い五月の底に目を細めつつ、どうにかこうにか直すことのできた自転車を軽やかに走らせる。周囲はまだ見慣れない景色だ。延々と広がる晩春の水田に、永遠のような陽射しがある。限りあるものについて考えることはもうやめてしまってもいい。有限であるということならきっと、僕たちの目に映るもの手に触れるものすべてが有限だ。無限に見えるものは、ただ知覚の外にあるというだけのことなんだろう。だから僕は今、そこで歌い続けているひばりの姿をひたすらに美しく愛おしく思う。こんなにも失われたものについて。僕たちは懐かしく思い出す。どうしてかな、思い出すたびに遠ざかるような気がするのは。甘く饐えた季節は過ぎた。過ぎたのだろう。

 やがて夕暮れの気配が辺りに漂い始めた。自転車から降りて住宅地をぼんやりと帰る。途中、通り過ぎた家の前で老婆が二人、椅子に腰かけてなにやら仲睦まじそうにお話をしていた。「燕はいぎなりいねくなっがら」、「とぜんだあ」、「んだがら」。一斉に飛び立っていく燕を僕も見送ろう。僕たちが飛び立つのはどうやらもう少し先のことであるようだ。こんなにも失われたものについて。歩き歌い失い思い出す。夕空が翳った。少しだけそれを見上げまた自転車を押す。歩き歌い失い思い出す。ありとあらゆる喪失が僕たちの中にある。繰り返しの中で進む。
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