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 log 2008
■2008/01/21 『去年、今年』
 明けましておめでとう。今更過ぎてアレだけれども、まあ、誰も見てないから良いよな。こっちはつい数日前にやっとこさ卒論が片付いて、毎日静かにのんびりしてるところだよ。そっちはどうだい? 残念ながら君の声は聞こえないけれども。ともあれ、年も明けたことだし、近況を話すよ。
 年末から年始にかけて、身辺整理をしてた。うーん。不思議だな、シンペンセイリって言葉は何故か『乱れていた異性との関係を正す』行為に聞こえる。残念ながら、俺のやったシンペンセイリはそんな風に楽しげな物ではもちろん無くて、主に友人関係だ。友達を整理してしまうだなんて、10年前の自分からは想像もつかなかったけれども。
 しょうがないよな。しょうがないよ。すれ違いや勘違い、無意味な期待に失望感。しょうがないじゃん。俺もみんなも大人になったし。年齢的にももう危ないラインだし(下手したらもうやばい線を越えちゃってる?)。保身なのか何なのか知らないけれども、無価値で無生産な日々にしがみついては、言い訳すらしようとせずに無言で席を立っていく、かつての友人達に、俺は何もかける言葉は無い。後姿に向かって唾を吐き捨てつつ中指を立てるだけさ。
 携帯のメモリーはまたすっかり軽くなって、その分だけ身軽になれた。退屈な日々はもうおしまい。また飛び出す日がやってきた。自由に、自由に。俺は自由だ。バイバイ2007年。トモダチとかいう幻想と一緒に飛んで行け。ハロー2008年。俺にとっちゃメモリアル・イヤーだぜ? 仲良くしてくれよな。
 昨日、新しい曲を作った。denyってタイトルにした。否定否定否定。また肯定するために。俺は、目前に築き上げてきた物を崩す。ざまあみろ。俺は自由だ。お前らの人生なんて知らねえよ。俺のソレはもっともっとリアルで切実で馬鹿げてるんだからさ。ともあれまあ、今年も頑張ろーってことさ。

■2008/02/02 『懐古』
 ここのところ、昔のことばかりを思い出している。懐古ってヤツだ。情けないなあ。そんな風にだけはなりたくなかったのに。「現状が上手く行ってなければ行ってないほど、昔のことに縋りたがる」、だなんて、中学生の頃にはもう分かりきっていたのに。
 ああ、また冬が終わってしまう。今のうちにできることをやらないと。僕は懸命になって沢山のことをクリアにしなければならない。歩けなくなってしまう前に、身構えずとも、歯を食いしばらずとも進んで行ける様に、また沢山のものを切り捨てなくてはならない。
 『昨日夢見た明日は今日じゃなかったのか』。これは15の時に僕が書きなぐった詩の一節だ。本当に、自分でも嫌になるほど物事が見えていたと思う。10数年前の僕よ、君は何一つ間違っていない。ただ、悲しいだけだ。僕は今、君を懐かしく思い出している。そう、君が一番嫌っていたヘドみたいな行為さ。
 懐古をかなぐり捨てて、もっと深い場所へ。お前らのことなんて忘れてやる。懐かしいあの曲のタイトルを思い出させないでくれ。僕は、身構えて、歯を食いしばって、無様にまた歩く。

■2008/02/19 『壊れる』
 携帯電話が壊れた。去年の11月に新規契約したばかりの俺のPHS。朝起きたら画面表示がバグってた。昼過ぎには常に圏外になってた。なんだかな。笑うしかねえな。
 信頼してたわけじゃない。でも、最低限の何かは期待してたのかもしれない。かつて俺が周囲の友人たちに一方的に望んでいた事と、そう違いは無いような内容。分かっちゃいたんだけどね。
 クリエイティブって言葉がある。クリエイト。創造。作り上げること。壊すこととは正反対みたいなそれ。でも、今目前にある退屈なことを一度ぶっ壊してみないと、きっと新しい物も生まれないんだろうなって、近頃考えるようになった。友人なんてもういらないわ。退屈でしかない。ただでさえクリエイティブにはなりえない連中だ。教えるのにも飽きたし、期待して待つのにも疲れ果ててしまった。今まで過ごして来た時間よ、壊れろ。俺にもっと刺激をくれよ。
 携帯が壊れた。意外と不便でもないよ。俺の安っぽいPHSはここ1週間ばかり誰からの着信もないしさ。明日修理に出してくる。これから俺が歩くための準備としてさ。

■2008/02/23 『彼女は死んだ』
 それは去年の、肌寒い一月の夜のことだった。確か、雪になりきれない雨が路面を叩いているのを、いつまでもぼんやり見てたっけ。彼女は死んだ。なんていうことも無く、翌日の新聞を端から端まで読んでみたけど、哀れな女の子の最期はどこにも載ってやしなかった。彼女は死んだ。それそのものが意思表明だったのか、遺書の一つも無かった。彼女は死んだ。当時、彼女のオトコだったヤツとは、数年来の付き合いである友人だったけど、今ではすっかり他人になってしまった。彼女は死んだ。そのオトコは彼女のダイブの三ヵ月後に、何食わぬ顔で新しい女を、それも飛び切りのビッチを連れて来ていた。彼女は死んだ。オトコの中で二度目の死を迎えた。彼女は、これからきっと何度と無く死んでいかなくてはならないのだろう。彼女は死んだ。あれから一年、僕は時折彼女のことを考える。
 冬が、また終わるよ。今年の花粉は例年の三倍もの量を飛び散らせるのだそうだ。ニュースが連日それを伝える。あの日、君の死ですら全く取り合おうとしなかったメディアが。流行りのスイーツを持ってニッコリ微笑むあのキャスターが、突然カメラの前でこめかみを撃ち抜きでもすれば、それなりに大きな騒ぎになるのだろうか。何だか僕には分からないことばかりだ。ああ、また冬が終わるよ。花が芽吹いて、僕はもう昔みたいに桜の木の下で透明な喜びを噛み締めることもできない。
 彼女は死んだ。さあ、クイズをしよう。彼女は確かに死んだけど、残った連中でまだ本当に『生きてる』のはあと何人? 冬が終わる。春がやってくる。季節は巡る。また年をとる。僕らはゆっくりと、至極当然に、誰もが通って来たとおりに死んでいく。退屈だな。どうしてみんなこんな事に耐えられるんだろう。彼女は死んだ。冬のさなかに消えていった人がいて、春を待てずに独りで震える僕がいて、季節なんてとうの昔に綺麗に忘れた人々がいて、僕は、頭がおかしくなる。

■2008/02/29 『一つ一つを終わらせて』
 ちゃんと終わらせて。未練なんて残らないように。確認しつつ、漏れが無いように。終わらせて、終わらせて。君の笑顔を凍らせて。永遠なんてさ、そんなものは最初から期待して無かったよ。まあ、探し続けることで、さらに遠ざかるだなんてことも思ってなかったけど。たった一曲のロックンロールの中にだけ、朝日は眠ってる。彼女の歌を介してだけそれが伝わる。僕は手を伸ばすだけ伸ばして、諦めるタイミングですら見失った。
 今日もまた一つ終わらせて。悲しみを感じる暇も無く、また明日が来るよ。永遠を探してるんだ。自分の中にだけあるんじゃ忍びないから。誰かの手の中にも眠ってるんじゃないかなって夢想する。そして近づき、確認して、何度でも裏切られる。一つ一つ、終わらせた先に何があるのか。それすらもう分かりきっているけど、僕は、まだ永遠を探してる。君の笑顔を凍らせたまま。

■2008/03/06 『100円分の空白』
 今、僕の手の中にある寺山修司の詩集は、二年ほど前に100円の古本で買ってきた。でも、それについて何かしら感想があるわけじゃない。100円以上の価値が、とか、そんな事には何一つ興味が無い。意味だって無いだろう。母を歌い、少女を歌い、海を歌い、空を歌いながら、ふしだらに積み重ねられていく痙攣交じりの比喩の羅列を眺めつつ、僕は時折遠くを見る。
 やっぱり100円で買ってきた谷川俊太郎の詩集は、いつも通りどうしようもない下ネタに溢れていて、その言葉遊びに生命の本質や詩の真髄があるかなんて、やっぱり僕にとってはどうでも良いことだ。地球のどこかではクジラを1ヶ月以上もひたすらに待ち続け、やっと現れたら、特大の銛を抱えて体ごと飛び込んでいく人もいるのだそうだ。「その銛の長さこそは彼の生命そのものだ」とでも書けば詩になるのだろうか。いや、これはやはりどうしようもない言葉遊びに過ぎないし、東京都で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件における生命の取り扱われ方を一通り読んだ後では、あの偉大な狩りも、二十億光年の孤独も、ひたすら冗長なのだ。
 そういえば昔、「100円で救える命がある」という触れ込みの元、寄付を募るテレビ・コマーシャルを見たことがある。なんでも、100円でワクチンが一人分打てるのだそうだった。僕は一万円を寄付したけど、100人分の命を救った実感は無い。その後、「今年は昨年に比べて100人の方が救われました」というニュースも見ていないし、そもそもいつの間にかコマーシャルは放映しなくなっていた。
 100円で買ってきた「正しいエントリーシートの書き方」のHow to本を開いて、僕はしばし将来から目を逸らす。

■2008/03/28 『春よ、春』
 間もなく本当に春がやってきてしまう。冬は終わった。どんな気配も残さず、どうしようもない風情で。ご覧、行く手の端々で花が咲き乱れる。散っていく。花よ花。咲き誇る季節よ。優しい悲鳴を上げて僕の前を通り過ぎて行け。独りの春なんて幾年ぶりだろう。やっと僕は戻ってきた。この空白の時間に。長い長い寄り道は、いつの間にか10年分もの老いを、この顔に染み付けた。失われた季節よ、僕は君に名づけはしないだろう。失われていく季節よ、僕は君のためにこそ歌うだろう。春よ、僕を覆いつくせ。慈悲に満ち溢れた諦観を再びこの胸の中に呼び起こすために。
 何もかもが約束されていたかのような予定調和。やっぱり流れを変えることはできなかったけど、僕は、どこかでもう満足してしまっている。出窓に乱雑な佇まいを見せる、名も無い観葉植物の威容。いつの間にかつけていた小さく白い花が奇跡のように美しいのだ。このような奇跡が許される季節の中でなら、僕も泣き叫ぶことくらい構わないだろう。

■2008/04/10 『花が咲いたら』
 桜が咲くのをぼんやり待っている。懐に入れたウィスキーを気にしつつ、僕は夜の中で花が咲くのを待っている。明かりに乏しい川沿いの小さな桜並木は、風に吹かれていかにも心細い。タバコをやめてしまったのが少しだけ惜しく感じる。こんな独りの夜の中で春の気配を探っていると。
 そういえば、僕の部屋の来訪者は、誰一人として出窓に咲く小さな花に気づいてくれないな。春の気配なんてものは、多くの人にとってどうでもいい物なのかもしれない。あの花が咲いたら、なんていう小さな決意なんて、在る事も知らないのかもしれない。僕にはよく分からない。よく分からないから、そこで考えるのはやめてしまった。
 花が咲いたら。僕はまた夜の中を泳いで桜を見に来よう。ハミングしながら見に来よう。霞がかる春宵の中ではどんな真理も不必要になる。覚束ない足取りでぼんやりあの川辺に戻ろう。ああ、きっと僕はそうするのだ。

■2008/05/04 『目を背けて』
 今日という日が明日へと続いてるっていうことを、素直に信じられたことがない。誰もが羨む10代の只中にいてさえも、すでに目の前にある今日ですら信用することができなかった。言うまでもなく僕は悲観的だったんだろう。
 目を背けて。連綿と続く退屈な浮き沈みの中で、泥を嘗めたり、何もかもを失った日ですらをも超えて、僕は今ここに立つ。鍛え上げられた僕を傷つけるものは、もう何もないはずだし、傷つけられるほどの大切な何かは、既にあらかた放棄してしまったから、今更何も残っていないはずだった。柔らかい物も、心地よいものも、かなぐり捨てて、NOを突きつけて、ここまで来たのに。
 ふと、久方ぶりに鏡を覗き込んだ。言葉に詰まるほど醜悪に老けた自分がそこで表情を歪ませていた。逸らすこともできずに見つめ続けた僕は、やっとのことで単純なことに気づいた。顔を背け続けた時間は、もう戻りはしないだろう。自ら拒否し続けた「可能性」は見るも無残にひしゃげ、悪臭を放ちながら、今、鼻の先に突きつけられている。
 僕にはまだ時間があるだろう。でも、その時間を、どのようにも扱うイメージが湧かないまま、夕暮ればかりを眺めている。

■2008/05/12 『リリシズム』
 益体もないリリシズムに脳髄まで侵されている。焼きつくような五月の中で、行き場所も見当たらずうずくまっていた。はや夕暮れにも関わらず、紅く射す陽射しはどこまでも鮮明だ。それはどのような輪郭もぼやけさせてはくれないから、膝を抱えて、来るはずもない何かを待つほかにどうしようもなかった。
 このような感情に殺されるほど、「僕はロマンチストではない」。そう言い切れた時代が僅か数年前まで存在していた。今となっては何を信じたら良いのか分からないけど。両手を掲げて、夕空を仰ぐ。間もなく夜は来るだろう。夜が明ければ明日がやってくるだろう。押し寄せてくるそんな繰り返しの中で、どうしてだろう、すっかり心を磨り潰してしまったらしい。
 ここ数日、死ぬことばかり考えている。五月の情緒がきっとそうさせるのだろう。そうならば、きっと仕方ないことなんだ。ああ、仕方ないことなんだろうね。夕暮れに染まってそのまま時間よ止まれ。二度と動き出すな。静寂の中で何もかも失われてしまえばいい。ひとまず先に、この酷い頭痛をとめておくれ。何よりも先にこの疼痛を。

■2008/05/13 『いつか、雨の日に』
 なんでもない日常の連続を終えて、僕は一人きり、日々をやり過ごしている。安寧なんて端から持ち合わせていなかったけれども、騒々し過ぎる今は、僕には少しだけ辛いみたいだ。
 疲れきって、椅子に深く凭れる。いつの間にか毎晩口にするようになった安いアルコールが、容易く視界を回し、今日も僕の頭を麻痺させてくれる。窓の外にはいつしか雨が降り出していて、僕はその匂いに、ふと胸を締め付けられるんだ。
 いつか、雨の日に。遠い遠いあの日と同じような春の雨の中で。昔、僕が君にむけて口にした約束を、あの時と同じ気持ちで再び誓うことができるだろうか。ああ、雨が降っている。時間は過ぎて、目前の景色は、もう僕の知っている物からはすっかりかけ離れてしまっていて。
 少しばかりの肌寒さに想起されるのは痛々しいほどの懐古。いつか、君が亡くなったあの雨の日のような未来に、僕は辿り着きたいと思う。降りしきる春雨のような、細く頼りなく光る、一筋の蜘蛛の糸を手繰って。

■2008/05/14 『いつかへの手紙』
 君がこれを読むことになるのはいつなのか、見当もつかない。もしかしたら目に入る事も無く消えて行くだけなのかもしれない。全て分かっていて、でも諦め切れなくて、僕は女々しくこれを残そうと思う。
 日常、という名前の退屈な繰り返しをやり過ごすうちに、自分にとって何が本当に一番大切だったのかを忘れてしまって。敏感な尖った部分をすっかりこそげ落とされてしまったようで。ひたすらに、寡黙に、無感動に、でも何かを期待しながら、僕は生きてきた。生きながら死んでいくような、それは冷たい実感だった。無気力の底辺に落ち込んで、何もかもを放棄しそうになったことも、最早両手では数え切れないくらいにあった。
 眠りにつく時、夕暮れに包まれて歌う時、道端の花に視界を奪われる時、僕は君を思い出している。独りの道を歩き始めてもう随分たったと思うけれども、残念ながら、孤独に慣れるということは無いみたいだ。連綿と続いて行くだけのはずだった無感動な日々を聾するのは、いつでもそんな小さな感傷だった。ただ、そんな弱さを君に見せずに終われる事だけが、今、ほんの少しだけ誇らしい。
 君がこれを読むのがいつになるのか本当に見当もつかない。でも、君が知りたいと思うだろうことは、なんとなく分かる。でも僕は、一番君に伝えたい言葉を、ここには書かないでいようと思う。きっと君は、すでにそれをよく分かっていると思うから。最後になるまで気づけなかった馬鹿な僕とは違うんだ。
 想い出は心を壊すばかりだけれども、僕は強く抱いて眠る。二度と目を覚まさないでいよう。この、君への醜い泣き言が、いつか、そっと届いてしまうことを恐れながら、そして祈りながら、僕は眠る。

■2008/05/15 『独り言』
 ポケットに突っ込んだ手はいつの間にか汗まみれなんだ。立夏を過ぎているとはいえ、まだまだ新たな季節を感じるには早すぎるけど、体のどこか深い部分では、何か繊細なものを敏感に捉えているらしい。
 通りなれた河川敷の長い長い道は、平日の昼間ということもあってか人影もまばらだ。曇ったり晴れ渡ったりを繰り返す不安定な空の下を当ても無く歩く僕のような者は、どこから見てもこの景色の中において不適合者だ。身を竦ませつつ、黙々と歩くしかない。そして、そんな情けない心持でいるとき、僕はいつでも、益体の無い妄想に耽る。
 生きる意味、なんて言葉を不用意に口走るような、そんな難しいことは卒業してしまった。生きる甲斐、なんて言葉でコーティングされた物を求めて蠢く人々の、生々しい欲望を身近に感じながら酒を飲む事には疲れてしまった。幸せが何かは今でも分からないけど、不幸が何かはそろそろ分かってきた。でも、自分が幸福か不幸かなんてことに一片の興味も湧かないのは、昔から全然変われずにいる。
 計算高く生きろ、と直接言われたことがあるわけじゃない。でも、暗にそれを求められた時期があった事には、実は気づいていた。今となっては誰も彼もに見捨てられて、そんな煩わしい忠告も聞く機会がなくなったけれども。ああ、どうしてかな。そんな古い日々よりも、肩身の狭い思いをしつつ生きている今の方が、遥かに楽なのだ。数年来僕を覆いつくすこの沈黙こそが、どうしようもないほどに美しいのだ。
 ポケットに突っ込んだ手が汗ばんでいる。気づけば随分速い歩調で歩いている。僕は緊張しているのか。歯を食いしばっていたらしい、顎が少しばかり疲れている。訥々と続くねずみ色したアスファルトからは目をあげて、大きく呼吸をしよう。歩くスピードを落としたら、きしむ肩をゆっくりと回して、空を見上げよう。残念ながら僕という存在はこの大地に独りきりだ。もう一人くらいいてもいいんじゃないかと時折嘆くこともあるけれども、実際に目にしたらきっと腰を抜かしてしまうだろう。
 僕は独りだ。そしてそれが嬉しいのだ。この美しい沈黙を言葉で表したいという矛盾した願望を強く感じて、僕は今日も独り言を繰り出す。

■2008/05/17 『死んだような目で』
 何もしていないはずなのに全身が疲れきっている。これはどういう訳なんだろう。やらなければ、と頭の中にはそればかりが渦巻くのに、体が動こうとしない。どういう訳なんだろう。鏡を覗き込めば、まっ平らな目でこちらを見返す男がそこにいた。
 自分の姿に力を感じられない。現状を打破するために必要なピースが見当たらない。足掻けば足掻くほど泥沼だ。こうして久方ぶりに文章を書き散しているという行為だって、自分なりのリハビリのつもりなのだ。だけれども、支離滅裂な言葉の塊が指し示すものは、悪化の一途を辿る無様な精神状態だ。
 まとまらない。文章が、自分自身が。頭のいたるところで崩壊する思考が、その断片でもって各々に自己主張を続けるが、その一つとして最終的に答えらしい答えを吐き出すことが無いのだ。
 感情を持て余す。空白のような、濁流のような。相反する憎悪の中で、振り子がはち切れんばかりに振れている。今日は晴天だ。透明な青さの中に飛び込んでしまいたいと、近頃真剣に考えてしまう自分を発見した。成層圏の彼方から、空に向かって落ちていけたら。あの青い渚にいつまでも落ちていけたら。大気圏の中で燃え尽きて、塵一つ残さず無へなれたら、と、熱を持った頭はそればかりを夢見ている。そしてそんな自分が馬鹿馬鹿しくて涙が出る。

■2008/05/19 『自意識』
 自意識を叩きつけて。倦怠感に支配された体に鞭打って。傲慢に自分を乗り切りたい。内側から溢れ出てくるものがすっかり細ってしまった最近だから、尚更意識して、ふてぶてしいくらいのスタンスを確立したい。
 形を成さない意識は、もうそのままの液状を塗りたくることにしよう。白いカンバスも嫌いじゃないが、やっぱり僕は混沌としてる方が性に合っているみたいだ。面倒な回り道はやめて、匍匐全身みたいな無様さで前へ、前へと突き抜けたい。
 頭の中にかかった霞を消したら、外に出よう。今日の天気は曇り後雨だという。知ったことか。灰色に染まる空が、しゃかりきに絵の具を混ぜた後の児戯の様な色彩と、次第に鮮明になっていく意識の中で重なる。この色に名前をつけよう。恐れず、恥ずかしがることもせずに、胸を張って、「自由」と名づけよう。

■2008/07/01 『アルコール』
 友人からそのウィスキーを貰ったのは、もう随分前のことだ。どれほど前か。友人が他人となるのに十分なくらいには昔のことだ。タイのものだという、やけに明るい色をしたラベルのボトルを、どうして今日になって手にとってみる気になったのか自分でも分からない。とにかく僕は、すっかり埃を被って、何だかふてくされたような顔をしていた安物のグラスを丹念に洗いなおして、ストレートで飲むことにした。
 洗練という言葉からは程遠い、粗野な味がした。なんとも言えない甘みが、後味の悪さとともに舌に残る。ペルシアの女の肌のような香りも相まって、異国情緒を思わずにはいられなかった。意外なことにアルコール度数はそう高くない。掠れたラベルから辛うじて35°の表記を拾うことができた。
 一口、二口。鼻腔を抜けるおかしな香気は、しかしどうしたことか中々飽きることがなかった。裏腹に口は進まないのだから、どうにもおさまりが悪い。
 彼の国では、思わず空を仰いでしまうことをスターゲイザーと揶揄するらしいが、繊細さに乏しい感性ではそんな風にしか感じられないのだろうか。侘しい事だ。胃からせり上がって来るアクの強い香りを逃がすために、どうも上向きのような体勢にならざるを得ないまま、そんなことを考える。それから、友人から他人になった人間のことを少し考えた。やがて、いつも通りのつまらない妄想に考えは吹き飛び、最後には何も考えなくなった。
 十数年使い続けているボロボロな机の上で、南国で作られたという奇妙なアルコールが揺れる。どうして遠くからこんな場所に来なくてはならなかったのか。どうしてこんな男に飲まれなくてはならなかったのか。もし、この悪趣味に飾られたボトルの口がきけたなら、尋ねてみたかったと思う。タイ語で捲くし立てられても困ってしまったかもしれないが。
 いつの間にか酒が進みすぎてしまったらしい。白く歪み始めた視界の中で、手を伸ばしたボトルには、しかしながら指は届かなかった。ああ、酔ったまま、どこまで生き続けようと言うのか。泥酔したままでは何も掴めやしないのだ。未来も同様に、いつでも僕の手の中から滑り落ちていくばかりなのだ。もう少しだけ飲んだら、眠ってしまおう。

■2008/07/09 『無声慟哭』
 虚しさを拭い去れないまま、文月。裏腹に言葉は何一つ形を成さず、数時間もテキストエディタの枠を眺めていたりもする。一昨日の七夕は、最早当たり前のような顔をして曇っていたが、同じくらいのっぺりとした心持ちで酒を呷るだけの夜だった。
 見知らぬ番号から入る携帯電話への着信を、少しばかりの驚きをもって眺める。とはいえ、アドレスデータは、既にその殆どが失われてしまったこの端末では、闇の中から気紛れに届くかもしれぬ遠い友人の呼び声も、ただの数字十一桁でしかない。
 酔えぬ頭のまま、しつこく振動する携帯電話を片手に、惑うことしばし。終に通話ボタンを押すことなく、着信は途絶えた。履歴に残った090に、もしや見覚えが無いかと記憶を辿るが、酔い始めた頭では尚のこと、記憶まで届くはずも無かった。
 言葉も無く、声も無く。空を見上げることも無く、気力無く。泣くことさえも厭いながら、遠いアルタイルとベガの物語を思い出す。悲しみに暮れてただ生き続けるにはまだ若く、さりとて衝動に身を任せて焼き尽くされるほどには幼くも無く、たった一年に一度きりの逢瀬を楽しみに生きるような堪え性も無く。いつもの場所に落ち込んで、頭を抱えたまま寝る。

■2008/07/22 『声』
 唇から零れるように音楽を。胸元から溢れるように音楽を。なによりも音楽を。目の前を音で埋め尽くしてもまだ足らずに、現実から乖離しつつ。求めても求めても、どうしても届かないものがある。路傍で揺れる花のようにそれは、まるで指先で俯いているようですらあるのに、やはり遠いのだ。気が遠くなるほどに。
 本当に欲しいものはなんだ。本当に欲しいものは、もう、なにも無いんだ。自分という搾りカスから、それでも残る夢や希望や欲望や美しいものや醜いものを飽かず出し切ってしまいたい。僕の中にはまだ旋律が残っているようだ。ハーモニーも。それらに涙する感性でさえも。
 声を押し殺して、唇を噛み切りながら、僕は音楽を探す。この、「言葉」や「自由」への偏った愛情と同じくらいに強く。

■2008/09/09 『終わる世界』
 世界が終わらねえかな、みたいなことをいつまでもぼんやり考えてる。僕以外の全てが消えてくれたらきっと爽快だろう。でも、どうやら実現は難しそうだから、本当にそれを望むなら自分が消えていくしかないんだろう。過去に多くの人間が選んできた方法で。
 静寂ばかりを好んでいるのに、音楽と言葉を愛しているのは矛盾しているような気もする。実際にそういった指摘を受けたこともある。でもそれは大きな誤りだ。空白に落ち込むような透明なしじまは、美しいノイズの中に垣間見えるものだからだ。しかしながら、張り詰めた一音の余韻の中を見つめるような行為は、どうしようもない他人達には到底理解されえない。下劣な品性が放つ悪臭に、気紛れに掻き乱される弱弱しい心では、こんな風に木偶の様な無表情で生きていくことですらも苦痛でしかない。
 世界の終わりばかりを夢想している。きっとそこは静かな世界なんだろう。誰も無い場所に咲く花を、それでもきっと僕は、今と同じ気持ちで眺める事ができるだろう。独りきりの朝焼けと、真昼過ぎの黄色い射光と、溶け合うような夕焼けを、今と変わらず静かに眺める事ができるだろう。ただ、そこには僕が求め続けて未だに得られずにいる本当の静寂があるはずだ。
 世界が終わらねえかな、なんてことばかりを夢想しながら、今日も夜。ふと、僕の思う『世界』とは、つまり『人間』、もしくは『人類』に過ぎないことに気づく。それは今更過ぎて、同時にちっぽけ過ぎて笑う気も起きない。僕は世界を愛している。人がいない夜が、僕の意識があるうちに、いつか、訪れますように。

■2008/09/17 『満月を過ぎて』
 月が綺麗だと夜空を見上げてふと、それを伝えるべき人が誰もいないことに気づく。せめてもの慰めの戯れにと酒でも呷ろうかとも思うが、手持ちの酒は二月も前に切れてしまっているし、財布の中には縁がギザギザしているニッケルが一枚所在無さげに苦笑いしているだけだ。もちろんこんな時間にATMが開いているわけもなし(僕が住んでいる所は、夜には仕事を休むという至極『まっとう』な所なのだから当然だろう)。例え未だ利用時間内であったとしてもその気力もなし。ぽかんと口を開けたまま、高い高いお月様を見上げるのみだ。
 酒が欲しいと、率直に思うことがこのところ増えてきたようだ。満月を過ぎて、闇を濃くしていく夜を幾つか越えて。十六夜にすらも届かないから、僕は早くも冬を待つような心地だ。夏を越えたばかりなのに。秋はこれからなのに。秋の中で僕はいつもどうしようもなくなるから、無意識にまた逃げようとしているのかもしれない。過ぎたばかりの満月のせいにして。
 独りぼっちに飽きたら。僕は何かをするつもりだったように思う。独りぼっちには、なかなか飽きないようだ。空の青さや風の柔らかさや月夜の静けさや今日音も無く過ぎるあの人の命日や何やかやを伝える人もいなくて、手元には酒も無かったから、孤独を枕に過ぎた十五夜を思い返す。しゃぶり尽して一滴の色も無いような記憶の中で、セピアに染まって夜を乗り越える。

■2008/10/21 『爪先までの夕暮れ』
 届くのか、届かないのか。そんなことばかり問題にしてきたからかもしれない。いつの間にかその結果を見ることが凄く怖くなって、手を伸ばすことすらしなくなってしまった。膝を抱え続けた長い日々は、僕に必要な筋肉を、なけなしの情熱とともに殆ど奪ってしまったらしい。今では立ち上がることでさえも億劫だ。
 理由も無く、ふと視線を上げた夜半。久方ぶりに認識する世界には、酷くあっけない表情で秋が来ていた。遠くか細く木霊しては消えていく水泡のような虫の音に、なんだか吐き気がするような焦燥感を味わった。ああ、正しく、秋の夜だ。寂寞とした感情は、しかしながら磨耗しきっていて、今更ささくれ立つことも無い。かつて苦悶しながら内に秘め続けた攻撃性も、どうしたことかすっかりと鳴りを潜めて、今は響くものも無い。
 秋は夕暮れ、と千年の昔に彼女は言った。そうだ。人が美しくあるために必要な要素はそれほど多くは無い。そして存外にシンプルなものなのだ。そしてそれはシンプルであるが故に強固で、少なくても僕の目の前にあるこんなにも静かな夜(ああそれは本当に静かで、数ヶ月泣き方を忘れた小さな白い携帯電話が、所在無さげにバッテリ切れを告げる様をつくづくと眺めてしまうような心もとない空虚だ)と、そこで頭を振り続ける、今や若さを失いつつある僕のような者を粉みじんにしてしまうのだ。
 明日は夕暮れの中に埋没する。きっとする。萎える手足を叱咤して、この小さな爪先まで全部赤く染まれたらきっと僕はまた一つ何かを諦められるに違いない。ああきっとそうだ。

■2008/11/30 『冬来たりなば』
 いつでも春を期待しているような気がする。冬に向かう日々の中で立ち上がる気力も無く、窓から外ばかり見つめていると、不意にそんな思いに囚われた。けれどもそれは、こと自分にとってはなんとも不思議な感覚だった。
 迷うことなく今日も時間は前へ前へと進むけれども、そのような如何ともできない事情の中で、いつでもこの場に留まっていたい、という子供じみた欲求が自分にはあるはずだ。それは自分が常に抱えている煩わしくも甘い病のような物で、半分呆れつつも長く放置したままなのだ。この場に埋もれていたい自分が、一方で新しい風を待ち望んでいるというのは滑稽でしかない。
 きっと僕は、本当に心の芯から甘えているのだ。人間嫌いを酷く拗らせてしまった僕は、それを誰かにではなく、季節なんていう大きすぎる物にしか安心して求められなくなってしまったのだ。
 春遠からじ。僕の求める春もまた近いのだろうか。求めたまま幾年経っただろう。膝を抱えたまま心身が老けるのをどうにもできず、幾年待っているのだろう。ああ、僕は分かっているのだ。立ち上がり捜し求めなければそれを腕の中に収めることなぞきっとできやしないのだということを。分かっていて動かずにいるのだ。そして腐り落ちる自分に酷く酔っているのだ。
 春を待ちながら、僕は。どこに行けばいいのだろう。はまり込んでしまった此処は、酷く静かで如何なる躍動も無く、ある意味では僕が求め続けていた場所の一つに近い。それゆえ動きがたく去りがたい。でもこの場所は動かないからこそまた、春にも永遠に届かないのだ。
 世界、というこの馬鹿馬鹿しい物。美しくてどうしようもない物。僕はそれでもどこかでいつでも春が欲しくてたまらずにいる。冬が来たね。冬が来たなら深く眠ろうか? いいや、生憎と僕はへそ曲がりなんだ。この静かでどこもかしこも腐りつつある場所をそろそろ出たい、と願う。


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