log 2021
■2021/04/12 『瓦礫の夢』
 埋もれたまま十年は過ぎた。途中で目が覚めることもなく僕もまた十年分の年を重ねた。夢を見ていた様な気もする。酷く頼りない物だったような気もする。どんな夢だったのかはどうしても思い出せない。

 震災から十年が過ぎて。あらゆる想いや思惑を袖にして大いなる伝染病は蔓延り。人々は分断され、黙りこくっている。この十年ですっかり綺麗に片づけられた海岸線にはもう何も残っていなくて。空白を埋めるために打ち建てられたモニュメントが海風に吹かれている。あの日、瓦礫と吹雪に覆われて何も見えなくなったことを思い出す。それはまるで熱に浮かされた午後に見る白昼夢のようだ。

 見えなくなったまま十年は過ぎて。遺失物は漂着することもないままただただ失われ、夢見る。言葉は海風にさらわれ、見えなくなったその先で白く輝くのだろう。瓦礫を吹き渡っていた風の音を忘れることはしないだろう。風の中に時折混ざった誰かの慟哭と祈りの声を、決して忘れることはしないだろう。どうか、どうかと。繰り返し繰り返しひたすらに繰り返される、それは瓦礫の夢だ。夢に埋もれてまた長く眠る。長く長く眠って、やがて那由他の彼方に辿り着けたのなら。僕もまた綺麗に片づけられて世界からいなくなる。まるですべてが夢であったかのように。
■2021/10/10 『太陽の影について』
 陽射しは見る間に失われ、夏は終わった。秋の始まりとともに僕はまた新しい職を得た。不安定な天候の中、蔭りゆく道々にくすぶり残る暑気に汗を滲ませながら、僕は黙々と職場へと歩いて通う。不快感しかなかった地域の仕事から逃れ、また子供たちと関わることが出来る仕事を選んだ。煩わしさは幾分緩んだ。

 太陽は翳り、また翳った。道を振り返り、幾度も繰り返し振り返り、まれに空を仰ぎ、嘆息して足元に視線を落としながら、失われたものをいくら考えてみても。そこには何一つ確信はないようだ。頭を抱え、激しく左右に振り、たやすく正気と正体を失いながら、誰かの真似をして大きな何かを頼ろうとしてみても。目前をよぎる雲の大きな影は景色をまだらに暗く染めて、何でもないような顔をして通り過ぎていく。

 石のようにあれば良かったのか? 風雨と時間に絶え間なく削り取られながら、やがて綺麗さっぱりと消え去ってしまえる時を切望しつつ、長い長い時間をひたすらに押し黙ったまま耐え忍んでいれば良かったのだろうか。扉を閉める時、そして施錠をしようとするときに、僕はいつでも悲しい気持ちになる。子どもたちはみな帰り、仕事は終わった。太陽は沈んでしまった。夜が来た。僕はいつまでも太陽の影について考えていた。

 始まりはいつでもこんな風だったのだろう。季節が変わろうとする時、振り仰げばいつでも雨が降りだしそうな空模様だった。太陽は翳ろうとしていた。僕は立ち上がり部屋を後にする。太陽は翳った。幼年期は終わった。そう、終わったのだ。
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